京都地方裁判所 昭和28年(ワ)1414号 判決
原告 矢野フサ
被告 村田久次郎
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は原告に対し京都市上京区芦山寺通千本東入北玄蕃町三十九番地にある木造瓦葺平家建居宅一棟建坪九坪九合及び木造瓦葺平家建便所一棟建坪一坪一合(以下単に本件建物と略称する)を明渡し、昭和二十八年一月より右明渡済に至るまで、一箇月金千四十七円三十四銭の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として、本件建物はもと訴外奥野忠次郎の所有で、被告は同訴外人から本件建物を賃料一箇月金千四十七円三十四銭の約束で賃借していたものであるが、原告は昭和二十八年一月十三日に同訴外人から本件建物を買受け同日所有権取得登記をすませ、もつて右賃貸借契約に基く賃貸人たる地位を承継し、同年三月頃に被告に、原告が本件建物の所有者となつたことを通知した。然るに被告は原告の賃料の請求に応じないので、同年十月二十日に内容証明郵便をもつて、同年一月より同年九月末日までの九箇月分の延滞賃料を同年十月二十四日までに支払うこと、もし右期間内に支払わないときは右賃貸借契約を解除する旨通知し、右書面は同月二十一日に被告に到達した。然るに被告は右期間内に前記延滞賃料を支払わなかつたので、右賃貸借契約は前記同月二十四日の経過によつて解除されたものである。よつて原告は、本件建物の明渡並に同年一月以降同年十月二十四日までの延滞賃料及び同月二十五日以降右明渡済に至るまでの賃料額に相当する損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実中、被告が同年七月一日に同年一月分より六月分までの賃料として合計金六千二百七十六円を、同年十月十七日に同年七月分より九月分までの賃料として合計金三千百三十八円を、更に同年十二月一日に同年十、十一月分の賃料として合計金二千九十二円を、それぞれ原告の夫である訴外矢野宗春に宛てゝ京都地方法務局に供託していることは認めるが、その余の事実はすべて否認する、被告は原告が賃料の受領を拒んだと主張するが、被告は現実に提供をしたこともないのであるから、受領を拒むはずがない。原告が賃料として一箇月金三千円を請求したのは、本件建物の賃料のみではなく、被告が現に使用している本件建物の裏の約二十数坪の空地(以下単に本件空地と略称する)の賃料を含めてのものである。すなわち原告は、本件空地を原告方の家業である家具製造のための材木置場に使用することについて被告の了解をえてあるとのことを条件として本件建物を訴外奥野忠次郎から買受け、その旨を被告に申入れたが、被告がこれに応じなかつたので訴外吉住秀次郎をして、もし本件空地を明渡してくれなければ、その使用料をも含めて一箇月金三千円で賃貸してもよい旨話合つてもらつたものである。又供託は債権者に宛てゝしなければならないのに、被告のした各供託は前記のとおり訴外矢野宗春に宛てゝしたものであるから無効である。殊に被告は各供託当時には原告が債権者であることを知つていたのにかゝわらず(特に原告は昭和二十八年七月四日京都簡易裁判所に調停申立をしたのでその後は原告が家屋の所有者で賃貸人であることを承知していた)故意に同訴外人に宛てゝ供託したものであるから無効であると述べた。<立証省略>
被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、本件建物がもと訴外奥野忠次郎の所有であつたこと、被告が同訴外人より本件建物を賃借していたこと、原告がその主張の日に本件建物の所有権を取得したこと、本件建物の昭和二十八年一月分以降の賃料が一箇月金千四十七円三十四銭であること、及び原告主張の日にその主張のような内容の内容証明郵便が被告に到達したことは認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べ、抗弁として、原告は昭和二十八年一月末日頃に訴外吉住秀次郎を代理人として、同月分以降の賃料を一箇月金三千円に値上げする旨申込んで来たので、被告は昭和二十七年十一月三十日附建設省告示による公定賃料金千四十六円にしてくれと頼んだが、原告がこれに応じなかつたので、友人知人等をして再三にわたり右金員を持参させたが、原告は利益が少いと言つて受取らなかつた。そこで被告はやむなく右公定賃料により、昭和二十八年七月一日に同年一月分より六月分までの合計賃料金六千二百七十六円を、同年十月十七日に同年七月分より九月分までの合計賃料金三千百三十八円を、更に同年十二月一日に同年十、十一月分の合計賃料金二千九十二円を、それぞれ京都地方法務局に弁済のため供託しているので、賃料延滞の責任はない、同年十二月分以降は訴訟になつたので供託はしていないが、何時でも支払う用意はある、なお、被告の供託した賃料は原告主張の賃料額よりも一箇月分について金一円三十四銭少いが、これは当時被告の息子である訴外村田省三が上京区役所できいたところ、本件建物の公定賃料は前記主張のとおりであるとのことであつたので、それに従つたまでゞあつて正当な賃料の支払を拒絶するものではない。又被告がした前記各供託は、訴外矢野宗春宛になつているが、これは被告が昭和二十七年四月分から同年十二月分までの賃料を支払つた際、原告が同訴外人名義の家賃金領収書(乙第一号証)をくれたので、同訴外人が本件建物の所有者であると思つていたゝめであつて、故意にしたものではない。同訴外人は原告の夫で原告方の世帯主でゞもあるので、社会通念に照らして考えても右供託は有効であると述べ、本件空地は本件建物に含めて賃借しているものであると附演した。<立証省略>
三、理 由
本件建物がもと訴外奥野忠次郎の所有で、被告が同訴外人から本件建物を賃借していたこと、及び原告が昭和二十八年一月十三日に本件建物を買受けて所有者となつたことは、当事者間に争がない。成立に争のない甲第一号証に証人矢野宗春の証言及び原告本人訊問の結果によれば、原告が同日その所有権取得登記をしたことが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はないから、原告は同日右賃貸借契約に基く賃貸人の地位を承継したものといわなければならない。そして、同月一日以降の本件建物の賃料が一箇月金千四十七円三十四銭であること、及び原告が同年十月二十日に内容証明郵便をもつて、同年一月より九月末日までの延滞賃料を同年十月二十四日までに支払うこと、もし右期間内に支払わないときは、右賃貸借契約を解除する旨通知し、右書面が同月二十一日に被告に到達したことは、当事者間に争がない。よつて次に被告の供託の抗弁について検討するに、被告が本件建物の賃料として、一箇月金千四十六円の割合により、同年七月一日に同年一月分より六月分までの合計金六千二百七十六円を、更に同年十月十七日に同年七月分より九月分までの合計金三千百三十八円をそれぞれ原告の夫である訴外矢野宗春に宛てゝ京都地方法務局に供託していることは、当事者間に争がないところであり、前顕甲第一号証に成立に争のない甲第四号証、乙第四号証、証人森田高明、同村田省三の各証言及び原告本人訊問の結果(一部)を綜合すれば、被告は本件建物の賃貸借契約には本件空地も含まれているものと考えていたところ、原告及びその夫である訴外矢野宗春は、本件空地は貸していないと主張してその返還をせまり、同年二、三月頃に各自又は訴外吉住秀次郎を介して、本件空地を返還しないのであれば、本件建物を金千五百円、本件空地を金三千円で貸すとか、両者を合わせて金三千円で貸すとか等と申入れて、新に契約を締結することを要求したので、被告はその息子である訴外村田省三をして区役所で調べさせたところ、本件空地を含めた本件建物の家賃の統制額は、一箇月金千四十六円であるとのことであつた(そして右金額が統制額を超過するものであることは後記認定のとおりである)ので、その頃自ら又は同訴外人や訴外森田高明をして原告及びその夫である訴外矢野宗春と交渉させたが、原告等は金三千円であるといつて譲らなかつた。かくて被告は同年六月三十日頃に同年一月分より六月分までの一箇月金千四十六円の割合による合計金六千二百七十六円を原告等方に持参して、その受領を促がしたが、原告等は一箇月金三千円でなければいやだといつて受取らなかつたゝめ、前記のとおりそれぞれ供託したことが認められ、原告本人の供述中、原告は同年四月頃から六月頃までの間に、その娘婿を被告方にやつて丸公の家賃を請求させたが、被告が支払わなかつたとの部分は、右認定事実に照らして到底信用できないし、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そして成立に争のない乙第一号証に証人森田高明、同矢野宗春、同村田省三、同立花正次郎の各証言及び原告本人訊問の結果(一部)によれば、原告が本件建物の所有権取得登記をした同年一月十三日以降に、訴外矢野宗春は、自己が本件建物を買つたからといつて賃料の支払を請求したり、原告のためにするものであることも告げずに本件建物の賃料に関する交渉をしたりしていたこと、及び被告が昭和二十七年四月分から十二月分までの賃料を支払つた際、原告は同訴外人名義の家賃金領収書(乙第一号証)を作成交付したこと等が認められ、右認定に反する原告本人訊問の結果の一部は信用できないし、他に右認定を動かすに足る証拠はなく、これらの事実に同訴外人が原告の夫であること、及び弁論の全趣旨を綜合して考えると、少くとも原告は同訴外人にその名において本件建物についての賃料を受領する権限を与えていたものと認められるから、右各供託は有効であるといわなければならない。原告は債権者に宛てゝしない供託や、債権者が誰であるかを知りながら故意に債権者以外の者に宛てゝした供託は、無効であると主張するが、供託法第九条によれば、供託物を受取る権利を有するものに宛てゝした供託は有効であることが明白であるから、採用することができない。ところで、地代家賃統制令によつて定められた家賃の統制額以上の家賃を受領することを禁止した同令第三条は強行法規であるから、家賃額について当事者間に争のない場合においても、裁判所はそれが統制額の範囲内であるかどおかについて調査しなければならないものであるところ、前顕甲第一号証及び甲第四号証に弁論の全趣旨を綜合して考えると、本件建物の延坪数は十一坪であることについて当事者間に争がないのにもかゝわらず、建物の延坪数を二十一坪一合として計算し、これに基く賃料額が当事者間に争のない金千四十七円三十四銭であることが明らかであるから、右賃料額は統制額を超過するものといわなければならない。そして延坪数を十一坪として計算すれば本件建物の家賃の統制額は、少くとも一箇月金千四十六円以下であることが明白であるから、被告のした各供託によつて原告に対する昭和二十八年一月以降九月末日までの賃料債務は、各供託の日に消滅したものというべく、従つて原告主張の契約解除の意思表示は、その効果が発生しなかつたものといわなければならない。そうすると、原告の本件建物の明渡請求及び前記賃料債務の履行を求める部分の請求は、理由がないものというべきである。次に被告が同年十二月一日に同年十、十一月分の賃料として、一箇月について金千四十六円の割合により合計金二千九十二円を、原告の夫である訴外矢野宗春に宛てゝ供託していることは、当事者間に争がなく、これによつて被告の原告に対する同月分の賃料債務が消滅したことは、前記同一の理由によつて明らかであるから、同年十月一日以降二十四日までの賃料債務の履行を求める部分の請求も亦理由がないものというべきである。そして本件建物の賃貸借契約が依然存続していること前記のとおりであるから、同月二十五日以降の損害金の履行を求める請求も亦理由がないものというの外はない。
以上のとおりであるから、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 青木英五郎)